東京高等裁判所 平成3年(ネ)1131号 判決 1992年2月03日
控訴人 熊木俊明
右訴訟代理人弁護士 木村晋介
同 荒木和男
同 二瓶和敏
同 樋渡俊一
同 飯田正剛
同 田中裕之
同 桜木和代
同 奥泉尚洋
被控訴人 東洋信託銀行株式会社
右代表者代表取締役 妹背光雄
右訴訟代理人弁護士 河村卓哉
同 木ノ下一郎
被控訴人 積水ハウス株式会社
右代表者代表取締役 田鍋健
右訴訟代理人弁護士 原隆男
同 平出まや
同 横地利博
同 圓山司
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
一、控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、控訴人に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。
二、当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示及び当審記録中の書証目録記載のとおりであるから(ただし、原判決二枚目裏六行目の「被告東洋信託株式会社」を「被告東洋信託銀行株式会社」と改める。)、これを引用する。
(控訴人の追加的主張)
1. 本件宛名カードの譲渡などの違法性
本件勉強会の開催に関し、昭和六二年二月一三日、被控訴人積水ハウスが作成したリーフレット類、案内状とこれを封入する被控訴人積水ハウス所有の封筒が被控訴人東洋信託調布支店に搬入された。同日、同支店において、同支店従業員により前記の封筒に被控訴人東洋信託所有の同被控訴人の顧客(控訴人を含む。)の宛名ラベルが貼付され、前記のリーフレット類や案内状が封入され、同日中に、同支店において被控訴人積水ハウスの従業員に引き渡された。同郵便物は同月一四日まで被控訴人積水ハウス東京特建営業所に保管され、同営業所の従業員により各顧客宛発送され、同月一六日頃控訴人その他の者に配達された。
右事実によれば、被控訴人東洋信託の所有する宛名ラベルが被控訴人東洋信託から被控訴人積水ハウスに贈与されたとみるべきである。または、被控訴人積水ハウスの用意した封筒に被控訴人東洋信託の宛名ラベルが貼付され、リーフレット類が封入された段階で、被控訴人積水ハウスの所有する本件郵便物の本体(即ち封筒及びリーフレット類と案内状)と、被控訴人東洋信託の所有する宛名ラベルが附合し、宛名ラベルを含む郵便物全体が本体の所有者である被控訴人積水ハウスの所有に属することになった。いずれにせよ、これにより、被控訴人東洋信託の所有する本件情報が記録された宛名カードの所有権が被控訴人積水ハウスの側に移転したことになる。
このことは、本件情報を記録した宛名カードが、情報主体である控訴人に全く無断で被控訴人東洋信託から被控訴人積水ハウスに譲渡(または実質上の譲渡)されたことを意味し、それ自体として控訴人のプライバシーの権利を侵害する。したがって、これらの行為が仮に厳密な意味で「情報の提供」または「情報の漏洩」という概念に当てはまらないとしても、違法であることに疑問の余地はない。
2. 目的外利用について
およそ銀行(信託銀行を含む)は、自己の有する顧客情報につき、銀行業務(信託銀行業務を含む)の範囲を超えて利用しないという信義則上の義務を顧客に対して負っており、これは顧客との契約(本件では貸付信託契約)に付随する義務と解されるところ、被控訴人東洋信託は控訴人に対する顧客情報であるところの本件情報を、被控訴人東洋信託の業務の範囲を超えて「土地有効活用の一環としてアパートを建築し経営することを参加者に勧める」という本件勉強会の開催のために利用したものであり、これは控訴人に対する債務不履行または不法行為を構成する。銀行(信託銀行を含む)の為しうる業務は、法で限定されており(銀行法一〇条、一二条、信託業法四条、五条など)、(ア)固有の業務、(イ)附随業務、(ウ)附随業務に準ずる業務(周辺業務)が考えられるが、本件のような目的の勉強会の開催はこれらのいずれにも当らないから、本件勉強会の開催が被控訴人東洋信託の業務の範囲を超えるものであったことは明らかである。
(控訴人の追加的主張に対する、被控訴人東洋信託の認否及び反論)
控訴人の追加的主張1及び2はいずれも否認する。
1. 本件勉強会において、被控訴人東洋信託の顧客には、被控訴人東洋信託自身が案内状を発信するという事前の合意内容からみれば、被控訴人積水ハウスが事前の合意にしたがって、発信用の封筒等を被控訴人東洋信託に提供したことは、その段階で封筒等の所有権が被控訴人東洋信託に移転したともみるべきであって、この点からすれば、そもそも贈与や附合の問題が生ずる余地はない。
仮に封筒等の所有権が被控訴人東洋信託に移転したとみられないとしても、本件の如く宛名ラベルの処理が情報提供の問題として論ぜられている場合、民法上の所有権が誰に帰属するかという点は重大な問題ではなく、対象物の支配権が何人にあるかという点から論ぜられなければならない。すなわち宛名ラベルを貼付した郵便物の所有権の帰属が、被控訴人東洋信託か被控訴人積水ハウスかということではなく、その郵便物を支配するものは誰かということを問題とすべきである。そして、本件においては、被控訴人積水ハウスから提供された封筒に被控訴人東洋信託において内容物を封入し宛名ラベルを貼付して発送に備えたが、その投函作業のみを被控訴人積水ハウスに依頼したという事実からすれば、被控訴人積水ハウスの占有は、あくまで被控訴人東洋信託の投函作業依頼に基づく投函のためのみの事実上の保管にすぎず、仮に所有権が被控訴人東洋信託に移転したとまでみられなかったとしても、少なくともその郵便物に対する支配権は被控訴人東洋信託にあることは明白であり、被控訴人積水ハウスは法的にも依頼された投函作業以外に右郵便物を利用することは許されない関係に立つものである。
また、右の支配権の点を別とし、かつ仮に封筒所有権が被控訴人積水ハウスに残存していたとみても、控訴人の主張の如く、附合により宛名ラベルの所有権が、被控訴人東洋信託から被控訴人積水ハウスに移転したとみるべきものではない。郵便材料としてみたとき、本件郵便材料の本質はそれがどこに発送されるかということを決定する宛名ラベルを主とみるべきであり、附合の理論からしても貼付により宛名ラベルの所有権が被控訴人積水ハウスに移転したとみるのは誤りである。
2. 目的外利用との主張に対する反論
信託銀行は、信託業法に定める信託業務を行い得るものであり、この業務は広く財管業務(財産管理業務)と言われ、信託受託財産の管理運用に当たることが主軸となっているが、法定された範囲の財産を信託として受託した以上、その運用方法は広範囲に及ぶものである。不動産の活用もその一つであって、土地上にアパートを建築し、土地とともに運用することも当然その中に入る業務である。そして、単に受託財産を信託受託者として自ら運用するという本来的な信託業務のほかに、付帯の業務として顧客あるいは一般世人に対し財産運用の高度の専門家としてこれらに関する情報(不動産の有効活用に関する情報も当然含まれる。)を提供し、助言することも当然為し得ることである。本件勉強会の如く情報、知識供給の場の設営をはじめ、講演会、研究会の開催、パンフレットその他の資料の配付で、その情報、知識を単に自己と取引のある顧客に限らず、世間一般に提供することも公共性のある信託銀行として当然為し得る。本件勉強会もそのような業務の一環として行ったもので何ら違法な点はない。
理由
当裁判所も、(1)本件勉強会が催されるに至った経緯、趣旨、態様などから、本件勉強会は被控訴人積水ハウスと被控訴人東洋信託の共催であったとみるのが相当であり、被控訴人東洋信託の用いた封筒が被控訴人積水ハウスの名入りのものであったこと、通信費用も含め本件勉強会の費用の大部分は被控訴人積水ハウスの負担で行われたとしても、そのことは直ちに本件勉強会が専ら被控訴人積水ハウスの業務の目的で行われ、被控訴人東洋信託の業務の目的外であったことにはならないと認められること、(2)また、被控訴人東洋信託が、被控訴人積水ハウスの用意した同社の名入りの封筒に、本件勉強会のリーフレット類を入れた上、被控訴人東洋信託の用意した顧客番号の入った顧客への宛名ラベルを貼付して、これを被控訴人積水ハウスに交付して投函を依頼した行為も、原審における証人町本尚、同松本隆二の各証言によれば、要するに、被控訴人東洋信託としては、自己の顧客に被控訴人積水ハウスと共催の不動産運用のための勉強会開催の案内をするにあたり、通信費用等の節減等の目的からそのような手順、過程を踏んだに過ぎず、被控訴人東洋信託と被控訴人積水ハウスとの間では、案内状を送付する各顧客の選定などは相互に独自に行い、それぞれの顧客に関する情報については互いに一切関知せず、融通し合うこともしないことが予定され、実際にも被控訴人積水ハウスにおいて、被控訴人東洋信託から本件の宛名書きの貼付された封筒を預かる過程で、その宛名の記載から、本件勉強会に関わる何らかの被控訴人東洋信託側の顧客情報を得たと認めるに足るような証拠は全く見出しがたいから、控訴人の主張するような本件の「お客様番号」等の情報が保護に値する個人情報に該当するか否かを論ずるまでもなく、本件においてはそのような個人情報の提供があったとは言い難いことは明らかであり、また、被控訴人東洋信託において、本件宛名カードが貼付された郵便物を被控訴人積水ハウスに投函のため預けるに至った前記経緯、被控訴人積水ハウスが保管していた時間、場所などから考察して情報の漏洩があったとも認めがたく、したがって、控訴人の本訴各請求はいずれも理由がないから、棄却すべきである、と判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。
一、原判決三一枚目表一行目の「ある。」の次に、「そして、被控訴人東洋信託の行った控訴人らに対する本件勉強会の開催案内などが、同被控訴人の業務の範囲外であることを首肯するに足るだけの証拠はみあたらない。」を付加する。
二、原判決三五枚目表一〇行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。
「また、控訴人は、被控訴人東洋信託は被控訴人積水ハウスに対し、本件宛名ラベルを贈与した、または本件宛名ラベルを被控訴人積水ハウスの提供した封筒に貼付することにより、附合により実質上その所有権を被控訴人積水ハウスに譲渡したことにおいて違法である旨主張するが、贈与の点はこれを認めるに足る証拠はなく、宛名カードを含む本件郵便物の所有権の帰属の問題は、本件宛名カードの意義、重要性を考えると、むしろ被控訴人積水ハウスが封筒を被控訴人東洋信託に提供し、本件郵便物全体としては被控訴人東洋信託の所有であり、そのようなものとして被控訴人東洋信託から被控訴人積水ハウスに投函依頼されたとみるのが相当であるから、控訴人の上記主張は理由がない。」
したがって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 松岡靖光 豊田建夫)